「小学生の甲子園」開幕までに、どうしても紹介しておきたい“未来モンスター”が2人。それも同じチームにいる。2年ぶりに東京王者に返り咲いた船橋フェニックスの“ツインタワー”、森下貴斗と大野凌駕だ。ともにサイズもスケール感も特大。まだまだ粗削りでも50mを6.7秒台で走り、120㎞前後の剛速球を投げるなど、可能性も無限大だ。目標も同じく、今夏の日本一とNPBジュニア入り。甲乙つけがたい、双璧のコンビを『2026注目戦士』の特別版でお届けしよう。
(動画&写真&文=大久保克哉)


【2026注目の逸材❿】
森下貴斗
[東京/6年]
船橋フェニックス
※プレー動画➡こちら


【2026注目の逸材⓫】
大野凌駕
[東京/6年]
船橋フェニックス
※プレー動画➡こちら

よく歌い、よく寝る
「船橋にあんなバケモンみたいな左ピッチャーが、いたのかよ!?」――。
昨秋の都新人戦は準々決勝で敗退した船橋フェニックスだが、ネット裏に人だかりができる試合もあったという。
マウンドにいたのは背番号17の長身サウスポー、大野凌駕。当時の球速は定かでないが、「110㎞は超えていた」と証言するのは、岡本隼人監督だ。
「リョウガ(大野)がウチに来たのは5年生の2月。当時はストライクが入る気配がまったくなかったんですけど、100㎞以上は投げてました。リーグ戦とか東京23区以外との練習試合で登板機会を与えながら、新人戦(10月)に間に合えばラッキーと思ってたら、ギリで間に合った感じでしたね」

大野は6月13日の都大会決勝で最速を121㎞に更新

投手出身の指揮官は、ダイヤの原石とおぼしき逸材に対して、いたずらな酷使や一方的な介入をしなかった。全国予選までの1年半の長期計画で、じっくりと手ほどき。昨夏からは、平日の父子練習に週イチで迎えている。
大野は移籍に際しては、複数のチームで体験。「船橋は雰囲気が他と違うというか、すごい選手がいっぱいいるのに楽しくやっている」と即断したそうだ。それからの成長については「監督と練習して、身体の使い方とかを教えてもらっています」と一因を明かすが、現在も野球一色ではない。「平日は友だちと遊ぶことも多いです。ちっちゃい子たちと触れ合ったりするのも好きなので」。

岡本監督は小6時に身長176㎝あったという。現在の大野と森下を上回る

大野は6つ上に姉がいる。幼いころから屋外で遊び回る子で、「一緒にいる子がマネして事故にならないか」と両親が肝を冷やすのも知らずに、木登りなども朝飯前に。やがて水泳、テニス、サッカーとスポーツに親しむようになり、小2の冬に野球チームへ。
そこまで何となく誘導してきたのは、日大までプレーした父・善栄さん。だが、野球を始めた息子に「練習しなさい」と言ったことは、これまでに一度もないという。
「やっぱり、大事なのは高校からと思っていますし、今はまだ身体が成長しているところなので、ぜんぜん焦る必要もない。ただ、故障だけはしないように」

外野へ駆けていく姿も美しい。本塁へのレーサービームもチームの大きな武器で、その様は「跳人」だ

家では風呂場でよく歌を歌い、よく寝るという大野は、早くも父に迫る背丈だがケガとは無縁。ただそれも、偶然ではないだろう。
「リョウガに限らず、選手にケガをさせたくないのが一番なので、ウォームアップとクールダウン、身体のケアはチームとしてしっかりやっています。あとは基本、『食って寝ろ!』しか言わないですね(笑)」(岡本監督)
5年生の終わりから加入した大野が、実戦のマウンドで炎上しようが、打席で凡打が続こうが、指揮官はまるで意に介さず。今でも、こういう言葉をよく掛けるという。
「気にするな、オマエには力でねじ伏せられる力がある!」

すると、どうだ。育成計画のゴールの目安でもあった全国予選。その都大会決勝で、3回途中で救援した大野は121㎞を投じて人々の度肝を抜いた。それも1球だけではなく、再登板後の6回にも。レッドサンズの強打者たちに痛打も食らったが、特別延長まで力勝負を貫いた。そして胴上げ投手になると、こう語った。
「全国制覇を狙っています。全国では燃え立つようなプレーをしたいです」

物怖じしない1年坊
長身サウスポーが121㎞を投じた、都大会決勝。この大一番で、いの一番に閃光を放ったのは船橋の背番号2、一番バッターの森下貴斗だった。
府中新民球場の両翼95mのフェンスを直撃する先頭打者本塁打(※ランニング=㊦写真)を、左打席からライト方向へ。その飛距離といい、駆けるスピードといい、高校野球を見ているようだった。
「(フェンスを)越えてほしかったけど、最初のあそこで打てたのは良かったと思います」

先頭打者本塁打に最速119㎞。森下も都決勝でのパフォーマンスは抜きん出ていた

実はこの森下、チビッ子時代から地元界隈では広く知られてきたそうだ。通っていたスポーツ幼稚園の園庭には300mのトラックがあり、これを常にぶっちぎりの1位で走っていたという。
同じ園児だった、石黒信匡(現主将)らの誘いで船橋に入ったのは年長から。並行してバスケットボールや陸上競技にも興じ、2021年(当時1年生)の夏には第23回ジュニア陸上競技・チャレンジカップ東京の男子50mで2位に入っている。

母親の裕美さんが当時、銀メダル以上に驚いたのは、決勝レースの直前でも息子が平然としていたことだという。「ホントにぜんぜん緊張感がなくて、スタートの前も野球の素振りをしているみたいな感じで(笑)。学校でも何でもホントにマイペースな子で、本番でガチガチになるタイプではないので、スポーツがすごく向いているんだろうなとは思います」
そう語る母はかつて、人気アーティストのツアーに帯同するバックダンサーも務めていた。「ダンスブームのはしりのころですね。中学からヒップホップに夢中になって…。主人も野球、サッカー、陸上と、やるのも見るのも大好きなので、子どもたちにも何かやってほしいなというのは当初からありました」

㊤は都知事杯決勝の直前。㊦は全国出場をかけた都準決勝の第1打席に入る直前

森下は2人兄弟で、2つ上の兄はサッカーに夢中。次男坊はバスケと陸上でも光る逸材だったが、高学年になる前に野球一本に絞る決断を自ら下し、また自らの口で2競技の指導者に「やめます」と伝えたそうだ。
「野球はう~ん、自分でやるのは好きです。ホームランを打ったり、三振を取ったときは気持ちがいい感覚があって。でも、特別に好きってわけでもないです。プロ野球とかも、自分からは見ないし」

長打力と速球と脚力だけではない。森下のフィールディングもチームの武器
森下は“生来のプレイヤー”なのだ。大野と同じく、幼少期から身体を動かすのが大好きで、自宅近所の中学校の外周を父や兄と好んでよく走っていたという。反面、スポーツでも何でも、自分以外にはあまり興味の矛先が向かない。

そんな森下を就学前から知る岡本監督は、やはり急がず焦らず。人として道は外さぬように導きつつ、人間性を尊重しながら育成してきたようだ。
「タカト(森下)は4年生までは、セーフティバントのサインを出すと、ものすごく嫌な顔をしたんですよ。もう笑っちゃうくらいに。それが今では、自分やチームの武器として、バントも上手に勝手にこなしている。信頼できるトップバッターですし、この1年、半年かな、長打力も劇的に伸びている。最近はもう振れば飛ぶみたいな感じで、止まらないというか…」

余白もたっぷり
さて、気になるのは森下と大野の関係だ。複数の試合や周辺の取材もおしなべて結論づけると、内心で牙を剥いて激しく競い合う――ものとは180度かけ離れているようだ。
闘争心も向上心も旺盛で、身体と野球の成長度もこのところ著しい。だが、それもライバル心や切磋琢磨によるものではなく、怪物クラスが身近にもう一人いることの相乗効果でもないようだ。


「普通に仲いいっす」と口をそろえる両人。不意にカメラのレンズを向ければ、じゃれついて笑ったり。
「身体は大人でも内面はまだ子ども」と評するのは平社知己代表。「タカト(森下)は賢くて弁も立つ、リョウガ(大野)は天然系でいつでも人を笑かせる」と、持ち味を指摘するのはやはり、指揮官だ。


良い意味で、軸がそれぞれ自分にある。己の手柄と勝利に固執する大人に毒されていないし、ヘタな洗脳もされていない。“ダイヤの原石”ならではの輝きは、曇るどころか増す一方なのに、まだまだ未知数や余力を十二分に感じているのは筆者だけではない。
「ホントに2人のこの半年の進化は、ものすごいものがありますね。このままケガなくやっていってもらえれば、ボクら指導陣も知らない世界を切り拓いて、見たことがない景色を見せてくれるんじゃないかなと思っています」(岡本監督)

ちなみに、脚力と長打力は大野もハンパない。
4年時の2024年には、日清食品カップ第40回東京都小学生陸上競技交流大会の男子3・4年コンパインド60mで4位入賞。チームで計測したベースランニングのタイムでは、森下より0.2秒速かったという。さらに7月末の都知事杯準決勝(対不動パイレーツ)では、特別延長で推定飛距離100mという、とんでもない当たりのサヨナラ打(記録上は三塁打)を放っている。


一方の森下も、全国予選に先発して開始7球目に119㎞をマーク。これも6年生の初夏としては、破格のスピードである。
「野球塾の助走投げで142㎞が出たばかりですけど、ピッチングではそれが最速です」(森下)
そんな2人は目下の目標として、開幕を2日後に控えた全国大会の優勝と、その後のNPBジュニア入りを明言。さらに「プロ野球選手」という未来の夢と、でもまだそこまで現実的に考えてはおらず、「何が何でもプロ野球!」というわけではない、というスタンスまで一致している。

各々の“やる気スイッチ”を押すのは、彼ら自身でしかない。来たる全国大会は、そのタイミングになるのか。あるいは、そのように育ててきてくれた指揮官や両親やチームの仲間たちに、結果として報いることになるのかもしれない。